研究概要 |
1.平成6年度は,精神医療にかかわる病院・医師の民事責任の問題を検討した。焦点を定めたのは,自殺など患者の自傷行為に対する責任,タラソフ以降の(通院)患者の第三者に対する加害行為に対する責任,退院または外泊させた患者が第三者に加えた損害に対する責任の3つの問題についてのアメリカ法の動向である。 2.患者の自傷行為については,その予想とそれが予想された場合に取られた対応措置の適切さが責任の成否を左右する。予想の困難性については,裁判所は概して,これを認める傾向にある。強制入院が自殺を防止するための唯一の手段である場合,大部分の裁判所は強制入院措置がなされなかった場合に責任の成立を肯定するが,反対の判断を下す裁判所も出始めており,今後,注目する必要がある。 3.通院患者による第三者に対する加害行為に対する責任については,被害者の特定性に関しては,その要件を維持する判決,緩和する判決と区々であるが,他方,危害の具体的内容が判明していることや患者に対する現実のコントロールが可能であることを責任成立の要件とする判決も見られた。このように,判例法上の要件は州によって多様であり,また全般的に,責任の成立や義務の内容を限定する傾向が見られるが,責任成立の可能性については概ね全米的に肯定されている。さらに,今日では,医師の義務を明確化するために,20ほどの州で責任が成立する場合を限定し,あわせて責任を免れるために取るべき行動を明示する法律が制定されている。 4.退院後の患者の加害行為に対する責任の成否は,個々の事件における退院判断の適切さや,被害者の特定性,退院と加害の時間的関係等に左右されるが,多くの裁判所は,特定の被害者に対する具体的危険の予想可能性などを要求しておらず,タラソフ判決の責任とは逆に,医師・病院の責任が拡大される傾向にある。
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