本研究は、長期的な経済好況期の前半期(とくに16世紀末以前の)にヨーロッパ経済の中心地であったアントウェルペン市場の研究者自身の実証的研究成果の上にたって、この市場をヨーロッパ世界経済の形成という視点から、(1)ブリュージュ→アントウェルペン→アムステルダムという時間軸に沿った経済史的変遷の側面と、(2)16世紀半ばの陸トルートの交易に特徴的な、経済の一体性、横断的な側面について、それらの経済史的な位置づけの研究を行なった。 その結果、現時点での研究成果として、 (1)アントウェルペン市場が形成されつつあるヨーロッパ「世界経済」を、アジア、アメリカ両世界とを結びつける、なお萌芽的ながら中心的市場として、「世界」的意味を有したこと(具体的には、例えば、ドイツの銀銅交易とアジア産香料の同市場での総合等に見られる)、 しかし、にもかかわらず、 (2)この市場の機能と役割は、他の諸市場(ロンドン、ケルン、ボルド-等々)をそれぞれの結節地とするヨーロッパ的な拡がりをもった交易ネットワークを背景として、そうしたヨーロッパ経済のボーダーレス的な構造の上にたったその頂点としていたこと、 従って (3)アントウェルペン市場の中心的市場としての歴史は、上記(2)で述べたヨーロッパ経済の一体的な構造が動揺し崩壊していくプロセス(とくには1560年代以後のネ-デルラントの反乱、後の三十年戦争等)で停止したこと 以上の諸点が明らかにされた。
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