研究概要 |
物理学,数学,工学,生物学,認知科学などの各々の分野の数理的研究で扱われている“系(システム)"の“力学"は状態という概念によって記述されている。この状態の変化を調べることが自然科学の研究の主な方法の一つであるが,状態の持つ性質の一つとして,系の秩序の裏返しである,系の複雑さを調べることが重要である。エントロピー,フラクタル,カオス,ファジ-,不確定さなどの,いわゆる系の複雑さを表す概念が様々な分野で使われているが、これらはその意味するところが微妙に異なっている。複雑さという概念が様々な分野で個別に扱われているといっても,それが持つ科学的意味はほぼ共通なものであるはずだから,それらを統一的に扱う方法が存在するはずである。こうした立場から,情報と深く関わる複雑さの概念を新たに捕らえなおし,それと状態の変化の力学を融合した“情報力学"を用いて,物理学,工学,遺伝学,認知科学,計算機科学に関わる問題を統一的見地から取り扱うことができる。そして,それらの結果を様々な分野に応用し,新たな知見を得ようとするところが本研究の一つの特色である。具体的には,このような複雑さを包含した状態変化の研究である“情報力学"の観点から,以下のような研究業績を得た。 (1)情報力学の代表的な複雑量である量子論的エントロピーについて詳細に論じた。(2)エントロピーの最大化について議論し,その結果をガウス過程へ応用した。(3)光通信過程の代表的な例として,減衰過程を取り上げ,減衰過程をチャネルとして定式化し,チャネルの回数に対する相互エントロピーの変化を調べた。(4)量子光学における開放系のモデルを量子マルコフ過程として捉え直し,その上で,厳密に相互エントロピーを計算し,そのモデルの非可逆性について論じた。(5)以上の結果から,情報力学における複雑量のもつ性質をさらにいくつか調べ,それらを新たに情報力学に組み入れた。
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