本研究は高濃度スピングラスにおいて見られる物質に依存した特徴の起源と磁性電子の遍歴的性質との関連を明かにすることを目指して行なわれた。典型的な局在電子系、遍歴電子系とみなせるスピングラス物質を探索あるいは選択し、磁性電子の遍歴性とスピングラスとしての性質の関連を主として磁性励起スペクトルの観点から研究した。局在電子系側の物質としてはMn原子サイトを非磁性原子Tiで希釈したホイスラ-型合金Cu_2(Mn_<1-X>Ti_X)Alを選び磁化測定によってこの系の全組成域での磁気相図を決定し、上記の実験に最適な組成(X=0.30)の単結晶試料を作成した。中性子散乱実験を行ない、磁気散漫散乱、非弾性散乱スペクトルを測定した。散漫散乱関数から決定した磁気相関長は遍歴電子系物質の代表と考えられるFe_<65>(Ni-Mn)_<35>において観測した値に比べて約1けた短いことがわかった。磁気励起スペクトルにはきわめて小さい運動量領域でのみスピン波モードが観測された。F_<65>(Ni-Mn)_<35>についても同様の実験条件でスピン波を観測したところ、小さい運動量領域でのスピン波の性質は比較的大きい運動量領域でのものと大きな差異のあることが明らかになった。これらの結果から強磁性相からリエントラントスピングラス相にかけてのスピン波スティフネス定数とスピン波強度の温度依存性を磁性電子の遍歴性の度合いと関連して整理するという筋書きは当初の見込みほどは単純ではないことがわかった。巨視的には類似のふるまいを示す種々の高濃度スピングラスの微視的、動的性質にみられる多様な振舞いは一層明瞭となった。
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