生物進化の研究で重要な位置を占める長鼻類(像の仲間)は、進化が進むにつれて体が大きくなりかつ臼歯が特殊化した。歯冠が高くなり、コブ状の突起は稜状から板状となり、エナメル質はしだいに薄くなった。最初のものにはなかった歯冠セメントもステゴドンの段階から発達するようになった。また、臼歯の大きさ自体も先祖的な段階のメリテリウムに比べると数倍にも変化している。 このような変化は系統的な意味を表すだけでなく、象の仲間の生息する地域の環境の変化とそれに対応した生活様式の変化を反映しているものと思われる。ステゴドンのグループは古いタイプのゾウと新しいタイプのゾウの間に位置し、中間的な特徴をもっている。日本から産出するステゴドン属のいくつかの種類の化石資料について光学顕微鏡、走査電子顕微鏡でおもにエナメル質の観察を行い、エナメル質の構造が機能的に見てどのように異なっており、また変化が起こったのか検討した。 1.Eostegodon pseudolatidens(エオステゴドン):中新世中期の比較的原始的な種類であるが、エナメル質の二層化が見られ、進んだタイプの特徴の萌芽が見られる。 2.Stegodon aurorae(アケボノゾウ):鮮新世末期から更新世前期に日本にいた小型のゾウで、固有種と考えられる。臼歯は数枚の稜からなり、歯冠も高く進化した長鼻類の特徴に近い形質を持つ。エナメル質は完全に2層となり、外層と内層が別れる。外層と内層とではエナメル小柱の配列が異なるため、咬耗に対する強度が異なり、外層に比べて内層が低くなっている。これにより、エナメル質の咬合面が複雑化し、食物のそしゃくという機能に役立っている。 3 Palaeoloxodon naumanni(ナウマンゾウ):更新世後期のナウマンゾウでは臼歯は極めて大型化し、エナメル質は薄く、咬板が発達している。エナメル質は完全に多層化し、草食に適したものとなっている。 以上のように、長鼻類(ゾウ)における食性の変化に対応した臼歯の変化をエナメル質の内部の微細構造から追跡することが出来た。今年度は進化した長鼻類のナウマンゾウを中心に検討を進め、前述の成果を得た。
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