増感剤を用いた芳香族アジド化合物の光分解過程を明らかにするために、増感剤としてピレンを選び4-アルキルフェニルアジドの光増感分解反応を、分子内および分子間過程にわけて検討した。アセトニトリル中ジエチルアミン(DEA)存在下4-ブチルフェニルアジド(I)をピレン増感分解すると、アゼピン誘導体の他に直接光分解では検出されなかった4-ブチルアニリン(II)が単離された。二種類の生成物の生成比に及ぼす溶媒効果、DEAおよび増感剤濃度の効果、さらに各種添加物の効果を検討した結果、IIは極性溶媒中でのみ生成し、DEAの濃度が低下するとその生成量は著しく低下するがトリエチルアミンを添加するとその生成量は再び増大することが明らかになった。また、反応系内に酸素を添加するとIIは全く生成せず、一方三重項消光剤の添加は反応生成物の生成比にほとんど影響しないことが解った。以上の実験から、生成したアゼピン誘導体は励起ピレンからIへの一重項エネルギー移動を経て、またIIはDEAから励起ピレンへの一電子移動を経て生成したピレンアニオンラジカルがIを還元することによって生成したものと推定した。さらに、増感分解反応における増感剤と反応部位との距離と配向に関する情報を得るために、ピレンとフェニルアジドをメチレン鎖で連結したアジドを設計し、鎖長の異なる五種類のアジドについて合成を行ないその光反応性を調べた。DEA存在下アセトニトリル中光照射するといずれも相当するアゼピン誘導体が主生成物として得られたが生成物に若干の鎖長効果がみられ、鎖を伸ばすとアニリン誘導体の生成量が増加する傾向が観測された。この結果は、分子内増感反応ではエネルギー移動が結合を通して効率よく起こっていることを示している。このようにピレンによるアジドの増感分解反応ではエネルギー移動と電子移動が競争的に進行し、生成物分布を決定していることが明らかになった。
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