個体群内に新たな変異株が出現した場合、その元株となる形質が進化的安定戦略(ESS)であるかは、両ストレインの増殖率や環境収容力の差だけでなく、個体群がおかれた環境の両者に対する選択圧の違いも影響すると考えられる。この問題を実験的にシミュレートし、これに関わる要因を解析するために、世代時間が短く、大きな個体群が扱いやすいバクテリアを用いて、元株の中に極少数の変異株を導入した系と、逆に変異株の中に極少数の元株を入れた系を作成し、その後の両ストレインの頻度分布を観察する実験を行った。実験に用いたバクテリアはミクロコズムより単離したグラム陰性短桿菌を元株とし、この元株を原生動物の捕食下で短い間隔で継代培養を繰り返し行うこと(serial transfer)により出現した細胞サイズの長いストレインを変異株とした。 本年度は元株と変異株とで通過率の異なるメンブラン・フィルターを通過したものとフィルター上に残存したものをそれぞれserial transferし、その後の両ストレインの頻度変化をみた。フィルターに残存したバクテリアをserial transferすると、元株の中の変異株の頻度が移植回数にともなって増加し、逆にフィルターを通過したものをserial transferすると、多量の変異株の個体群から元株の頻度が増加した。フィルターをもちいない場合に比べ進化的安定性が変化することから、どのようなパラメータが寄与しているか検討するために、実測した増殖率、環境収容力、フィルター通過率の値を用いてserial transferの過程をコンピューターでシミュレーションしたところ、実験結果とよく一致しフィルター透過率の差が選択圧の違いとして働き進化的安定性に影響を及ぼしていることが示された。また、バクテリアの細胞長毎のフィルターの通過率は、原生動物の捕食パターンとよく似ており、このようなサイズ・セレクティブな捕食が餌個体群の進化的安定性に影響を与えることが示唆された。
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