モンキチョウの雌に生じる翅の色彩2型の適応的意義を明らかにするため、本年度は、主として、精包注入過程に関係する雌雄の繁殖行動と体温調節機構を調査した。 一般に、探雌飛翔中のモンキチョウの雄は、しばしば、交尾中のペアに興味を示し、その回りを飛翔したり、ペアの隣やペアの翅に着陸したりと、あたかも交尾を邪魔するかのような行動を示す。このような「邪魔」の入らない室内では、羽化後一日齢のモンキチョウの雌雄の交尾は約45分で終了した。しかし、長野県北安曇群白馬村で、頻繁に「邪魔」が入った場合の交尾時間を計測したところ、処女雌に対する交尾時間は4時間を超える場合すら生じた。本実験に用いた雌は、すべて、交尾終了(または中断)後、直ちに腹部をピンセットで切り取ってアルコールで固定し、実験室に持ち帰って解剖し、交尾嚢を摘出、精包の体積を測定している。交尾を途中で中断した実験によると、たとえ「邪魔」が入ろうとも、精包の注入は交尾開始後1時間以内に終了していることがわかった。したがって、交尾時間の長さと注入された精包の大きさに相関関係はないといえる。ただし、交尾相手の雄が老齢であった場合、注入された精包は小さかった。交尾経験のある雌の場合、交尾嚢内に存在する精包が小さい雌は再交尾を受け入れ、大きい雌は受け入れなかった。これらの結果をもとに、探雌飛翔中の雄が「邪魔」をすることで交尾中の雌を乗っ取れるがどうか考察した。 一方、白色翅型と黄色翅型の雌および雄を同じ調査地で捕獲し、捕獲時の行動と体温や翅の表面温度、環境要因(気温、湿度、照度、風速、黒色輻射温度など)の関係を調べた。どの個体の体温も黒色輻射温度が上昇すると高くなったが、黄色翅型雌の体温は、黒色輻射熱が上昇するに伴って白色翅型雌の体温ほど急激に上昇せず、雄と同様の変化を示した。黄色翅型雌の翅の温度も、黒色輻射温度に対する白色翅型雌の翅の温度変化より雄の翅の温度変化とよく似ていた。これらの結果より、翅の色彩と対応した体温調節機構の違いと飛翔行動への影響について考察した。
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