報告書は、既にニンジン培養細胞から分化した胚が、単離核を調製する上で優れた材料であることを明らかにした。さらに、構造を維持した状態で核マトリックスを単離する方法を確立し、脊椎動物細胞の核マトリックスと構造上の類似点および相違点があることを、光学顕微鏡ならびに電子顕微鏡による形態観察によって明かにしてきた。また、核マトリックス蛋白を電気泳動法により解析し、併せてニンジンの核マトリックス蛋白に対するモノクローナル抗体を用い、高等植物の核(マトリックス)表層に局在する約100kDaのタンパク質分子を確認した。一方、このタンパク質をV8プロテアーゼにより部分分解し、その断片について一部のアミノ酸配列を明らかにした。このタンパク質のアミノ酸配列を主要なデータベースに含まれる既知のタンパク質のそれと比較したところ、トロポミオシン、ミオシンおよびある種の中間径フィラメントとの間に高い相似性が認められた。次いで、このタンパク質をコードする遺伝子の一次配列を決定する目的で、cDNAのクローニングとシークエンスを行った。塩基配列より推定されるアミノ酸配列に基づき、二次構造を推定したところ、このタンパク質は極めて長いアルファヘリックスとそれに隣接する領域で構成されていることが明らかとなった。さらにこのアルファヘリックス領域は、疎水性アミノ酸7残基から成る周期性構造をとり、coiled-coilを形成しやすいことが示唆された。また、このアミノ酸配列には、核移行シグナルならびにキナーゼ類の認識モチーフと推定される配列が見い出された。以上の結果から、このタンパク質は高等植物の核の表層にあって、動物のラミナに相当する構造を構築していると推定された。今後は、得られたタンパク質の再構成、中間径フィラメントとの進化学的類縁性、細胞周期に伴う量的変動、不定胚分化との関わりについて検討を加へ、タンパク質についてその機能を推定する予定である。
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