本能行動である生殖行動は間脳の視床下部・視索前野の神経制御のもとにあり、この脳部域に生殖腺で合成される性ステロイドが作用して行動の発現が促される。このホルモン作用は「動機づけ」という抽象的概念で理解されている。本研究の目的は、「動機づけ」という抽象的概念に物質的裏付けを与えて、ホルモンの神経細胞内作用機序を理解する成果を得ることにある。 まず、行動制御に関わる脳内因子の同定のために、神経伝達物質あるいは情報伝達因子として働く可能性の高い脳ペプチドの単離を鳥類のウズラとキンカチョウで試みた。その結果、オピエート・ペプチドであるMet-エンケファリン、Leu-エンケファリン、Met-エンケファリン-RFを単離同定した。鳥類の脳内オピエートの単離は本研究が最初である。脳スライスを用いたペプチド作用の電気生理学的解析の結果、これらオピエートは視床下部・視索前野の神経細胞の活動電位を著しく抑制することを見いだした。また、鳥類の脳からはまだ報告されていないアミノ酸配列をもつ数種のペプチドも単離しており、現在、オピオイド・ペプチドや新型ペプチドを視床下部・視索前野に微量注入して、生殖行動を解析中である。一方、間脳の視床下部は、末梢の生殖腺や副腎と同様に、cholesterolを材料にしてpregnenolone、dehydroepiandrosterone、その硫酸エステルなどのステロイドを合成することも見いだした。 今後は、生殖腺が合成する性ステロイドが如何にして生殖行動の発現を促すのかを明らかにするために、脳ペプチドの前駆体蛋白質の転写調節に性ステロイドの関与があるかどうか追求する。さらに、脳が合成するステロイドの生合成過程と作用機序を解析して脳ステロイドの行動制御との関連も追求する。
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