鱗翅目昆虫が餌やパートナーにその匂いをたよりにして定位するとき、一般にジグザグ歩行(または飛翔)という戦略を利用する。雄カイコガは、雌が発散する性フェロモンを触角で受容すると定型的なジグザグ歩行により雌に定位する。この定型行動は、単一のフェロモン成分(ボンビコール)のみで確実に解発することから匂い源への定位行動のモデルとして、また本能行動の中枢神経機構を解明するための神経モデルとして有益である。研究代表者らはこの歩行は、内因性のジグザグプログラムがフェロモン刺激によって実行されることによって、解発されることを示唆した。さらに、ジグザグ歩行時の左右へのターンは脳と胸部運動系を結ぶ下行性介在神経がフェロモン刺激に応じて示す活動状態の移行によって起こると考えられる。この応答パターンは匂い刺激直前の神経活動の状態に依存して、その応答性が変化し維持されるという特徴を持ち、電子回路で"記憶素子"として用いられるフリップ・フロップ素子と類似の動作特性を持っていた。そこで、このフリップ・フロップ神経情報の行動発現上の機能をさらに詳細に検討するために、(1)フリップ・フロップ応答と同時にジグザグ歩行に伴って起こる頭部の回転を制御する頸部運動神経から記録を行ったところ、両者の活動状態の移行は同期して起こり、類似の動作特性を持つことが明らかになった。また、(2)フェロモン刺激の頻度変化に対するジグザグ行動パターンとフリップ・フロップ活動パターンの比較を行ったところ両者のパターンには高い相関がみられた。 (1)(2)の結果から、昆虫の脳内の神経回路によって形成された、フリップ・フロップ神経情報が匂い源への定位時に示すジグザグ行動を制御する可能性がさらに高まった。
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