本研究の目的は、コオロギの死に真似行動を起こす神経機構の解明にある。コオロギは、前胸部と肢への軽い圧迫刺激に対し、反射的に全身の硬直屈曲を起こし、そのまま数分間不動姿勢をとる。これを、死に真似とよんでいるが、これまでこの状態をトリガーするニューロンを探索してきた。前胸神経節から派生する神経束上に細胞体をもったニューロンが関係すると思われていたが、今回、前胸背板と肢からの入力がより重要であることがわかった。そこで、これら2つの部位にある機械感覚受容器の関与を調べた。前胸背板にはクチクラのゆがみを受容する約2万個の棘状感覚子があり、ここからの入力は全身の屈曲を起こした。また、肢の腿節には、いくつかのグループの鐘状感覚子があり、ここからの入力も同様の作用をもっていた。また、これら感覚子からの入力により、ひとたび屈曲が起こると、少なくとも十数秒間は、不動状態が維持されることがわかった。しかし、不動状態が長くかつ安定に維持されるには、屈曲が強固でなければならず、これには別の感覚子が関与していた。それは、肢の腿節にあって関節の位置や運動によって刺激され、肢の抵抗反射に関与する弦状感覚子であった。同感覚子を除去されたコオロギは、肢の屈曲が弱く、かつ音の様な攪乱刺激に対し、直ちに覚醒した。首や腹部など、肢以外の部位からのフィードバックは死に真似の維持には必要ではなかった。これらの知見は、体を伸展させた条件下では、死に真似の維持が難しいという知見ともよく合致している。今後は、上記の結果を基に末梢入力が中枢に対していかに作用するかをニューロンレベルで明らかにする必要がある。
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