複数の研究課題を並行して行い、幾つかの有益な知見を得ることができた。今年度の実績報告においては、その中で主要な研究テーマであった、棘皮動物・ヒトデ類の分子系統学的研究の結果について、その概要を以下に述べる。 ヒトデ類の中で比較的大きなグループで、現在北方海域で繁栄している叉棘目・ヒトデ科の系統進化に関しては極めて不明な点が多い。そこでこの点を明らかにするため、日本産ヒトデ科の普通種である5属5種(キヒトデ、エゾヒトデ、ニッポンヒトデ、ヤツデヒトデ、タコヒトデ)の系統類縁関係をタンパク電気泳動法によりアイソザイムレベルから調査した。15酵素の分析から31遺伝子座が得られ、各遺伝子座における対立遺伝子頻度のデータより、先ず集団内の遺伝的変異の量を推定した。その結果、ニッポンヒトデが極めて高い遺伝的変異を示した。これは、ニッポンヒトデの集団サイズの大きさに起因するものと推定された。次に5種間の系統類縁関係を知るため、種間の遺伝的距離を計算し、分子系統樹を作成した。その結果、以下のことが明らかになった。(1)5種は系統的に大きく3つのグループに分かれる。(2)5種の中で最も近縁関係にあるのがキヒトデとタコヒトデである。(3)次に近縁関係にあるのが、エゾヒトデとニッポンヒトデである(4)一方、ヤツデヒトデは5種の中で最も遠い関係にある。これらの結果は、酵素の抗体を用いた免疫学的研究とよく一致するが、形態学的研究に基づくFisher等の分類体系は支持しなかった。また、分子系統樹より5種の進化のプロセスを推定すると、ヤツデヒトデが最も祖先形に近い種であり、一方、キヒトデとタコヒトデは新しい進化学的起源を有する種であると推定される。また、多腕で特異な形態を示すタコヒトデが、5腕の標準的な外部形態を持つキヒトデ-タイプのヒトデから進化してきた可能性も示唆された。
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