本年度は、本研究3カ年の最終とりまとめの年である。これまでに採集し、集めてきた標本について詳細な解剖を行ういっぽう、海外の文献の検討と比較を進めてきた。これらの種のなかで特筆されるものとして、これまでまったくの未記載種と考えられていたものが、グリーンランドからホワイトシ-にかけて報告のあった種と同種であることが判明したことがあげられる。卵のサイズは比較的小型で多産であり、極低海水温の下での発生を考えると、かなり長期間の浮遊幼生期を持つものと考えられる。北極を中心に広く分布する本種は、冬の厳寒期のみに本邦に出現するパターンが見られるので、コンスタントな浮遊幼生の供給がベーリング海とオホーツク海を経由して来るものと考えられた。また、この種を含む属は、ミノウミウシ亜目の中でも最も原始的と考えられる形質を有しており、餌として特徴的な無鞘ヒドロゾア類を食べることも明らかになった。また、この種と極めてよく似た個体が別のヒドロゾアからも発見されたが、それらは色彩が微妙に異なり、成体のサイズも著しく異なっていた。両者の関係については目下研究中である。いっぽう、本属の分布が高緯度地域に特異的に限定されて見られることと、それと対照的に近縁属の分布がかなり広いことから、動物地理学的に興味深い内容が明らかにされる可能性が出てきた。さらに幼生期の形質の分類学的有効性の検討を進めた。このことによって、野外での生態分布形成機構の一端も明らかになった。
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