本年度は近畿地方以西に生育するヒメカンスゲの染色体の分析および、酵素多型の解析に重点を置いた。染色体数に関しては、2n=34の種内異数体が近畿地方から北海道まで広い地域に分布していることが明らかになった。また新たに2n=38の種内異数体が栃木県の2集団で見つかった。酵素多型の分析には、9種類の酵素のうちTPIのみTpi-1とTPi-2の2個の遺伝子座を、他の酵素ではそれぞれ1個の遺伝子座を用いた。2n=34と2n=38の異数体間の酵素多型の分析結果より、2n=34の集団間ではヘテロ接合率の平均が0.429であるのに対し、2n=38では0.309と低い値を示した。また、2n=38のTpi-2の遺伝子座は全個体でTpi-1と重複していた。次に、Nei(1972)の方法に従って各集団間の遺伝的距離を計算すると、2n=34では0.0985、2n=38では0.303となり、2n=34の方が3倍以上の高い値を示し、変異の大きい傾向がみられた。また、2n=34と2n=38の異数体間での遺伝的距離は、0.1868と大きな値を示した。更に、遺伝的浮動の値を求めたところ、2n=34の平均2.777に比べ、2n=38は7.326となり、大きな値を持つことが明らかになった。2n=34の北海道、東北・千葉、中部、近畿、淡路島の5つの地域間のヘテロ接合率の平均は0.411〜0.449であり明瞭な差は見られなかった。遺伝的浮動の値は、北海道で3.496、淡路島で4.283となり他の地域の1.779〜2.494より高い値を示した。これらの結果より、2n=34は酵素多型からは明瞭な分化の方向は認められなかった。しかし、北海道と淡路島のものは他のものより遺伝的浮動の値が高く、地理的な隔離の影響があることが明らかになった。今回新しく見つかった2n=38は2n=34から同所的に分化したものか、あるいはボトルネック効果により生じた集団であることが示唆された。
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