本研究の目的は、電子素子への応用上重要な半導体人工超格子に基づき、1THz領域の超高周波フォノンに対するナノ・メートルスケールのフォノン光学素子(フォノン・ミラー、フォノン・フィルター、フォノン・レゾネータなど)の設計基礎を確立することにある。人工超格子がフォノン光学素子への応用に利用可能なことは、次の性質に基づいている。つまり周期超格子においては長波長フォノンにBragg反射が生じること、従って超格は格子間隔よりも十分に長い周期性により生み出される周波数ギャップ(フォノン・ストップバンド)中にあるフォノンに対して、それを透過させない障壁として作用することである。本研究ではさらに単一バルク層を2つの周期超格子ではさんだ構造での共鳴透過特性(透過率と共鳴幅)を明らかにし、さらにこの二重超格子構造を繰り返し行ったときに共鳴周波数の分裂と帯域化が生じることを明らかにした。これらの共鳴透過スペクトルの解析は、フォノン光学素子の設計にとって本質的に重要なものであるが、それは主として素子の静的な特性の解明に相当している。素子の機能の評価には、よりダイナミカルな応答時間特性も極めて重要である。本研究ではこの点にも注目し、さらに単一および二重障壁構造をフォノンが透過する時間の進みおよび遅れの評価を行った。解析はフォノンの透過振幅の位相に伴うphase timeの定式化に基づいて遂行した。より具体的にはフォノン波束の伝播に関する数値シュミレーションと、転送行列に基づき、フォノンの透過、反射振幅に対する解析的表式(およびそのBreit-Wigner近似の導出)により実行した。その結果、二重障壁構造を共鳴透過するフォノン波束は単一障壁構造を透過あるいは反射するフォノン波束に比べ10〜100倍もの大きな時間的遅れを伴うことが明らかとなった。これらの結果は障壁系におけるフォノンのダイナミカルな透過、反射特性をはじめて明らかにしたものであり、フォノン光学素子の設計上極めて重要な意義をもつ。
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