戦後のイギリスでは、伝統や地域性が見直され、機能主義的な美学に対して伝統的な村落配置を取り入れた美学が、激しい攻勢をかけていた。しかしその主張は、新しい美学を生み出せないでいた。また当時は、計画設計方法が十分に合理化されておらず、経験主義が体制を占めていた。その中で、ペリメーター理論は、特に近郊の集合住宅地について、従来からの低密論にかわり高密論が台頭し、郊外でも都市性が重要であるとされはじめその高密化方法が考究されたことを契機としていた。ペリメーター理論は、ケンブリッジ大学の土地利用建築形態研究の成果である。これは、イギリスの伝統的なスクエア型集合住宅地の方法が、街区中央部に相対的にまとまった空地を確保しながら、沿道部の集合住宅が、同一規模の街区で平行配置に比べ高密化できることに着目している。沿道部に建設できる住棟の延長は、複数の平行配置住棟の総延長に比べ同等以上となり、大規模な空地をまとめられるという長所がある。また、ペリメーター(周辺)に配置する方法は、バースなどの住宅配置の伝統を引き継いでいる。こうした発見は、経験的な設計方法を変革し、それまで近代化と伝統を融合させようとして成果を見いだしていなかった集合住宅計画を一気にペリメーター理論の計画に誘導することとなった。ペリメーター理論の実践は、地方都市で先駆的にはじまり、行き過ぎた近代化の反省を目的としたミルトンキーンズのニュータウンで大々的に行われた。この時期は、オイルショックに始まる低成長の時代に入り、ペリメーター理論の計画が省資源や省エネルギーなどの課題に対応すると位置づけられた。ルーズなペリメーターに類似の、それまで権威を持っていたグリッド・パターンは厳密性と形式性のために変化や多様性への対応に制約を与えるという批判が始まり、ますますペリメーター理論の影響力を増す要因となった。現代のヨーロッパ諸国での街区型集合住宅に強い影響を与えていくものであった。
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