本研究は、近世の畿内・近江6カ国における公儀作事による社寺建築をとりあげ、その造形と、設計施工に関与した中井家の組織を明らかにしようとするものである。当該年度における研究状況および新しい知見を以下にまとめておきたい。 まず建築造形に関しては、文献研究によって公儀造営の社寺を網羅し、指図の収集および遺構調査を実施し、さらに絵画資料の類から建築に関する情報を収集した。その結果、江戸初期における社寺建築は、巨大な屋根をもっていることが最大の特徴であることが判明した。これは前時代の建物と比較しても指摘することができる。また細部意匠は復古的なものが多いが、これは江戸時代に王朝の古典を復興する気風が京都を中心に起こったこととも無縁ではないと考えられる。 社寺の建築造形は、およそ18世紀を境に大きく変貌する。巨大な屋根はいくつかに分節されて、全体に低く押さえられている。また細部の組物も比較的簡素なものが採用されることが判明した。これは寛文期から元禄期にかけて急速に整備された、作事禁令と深くかかわっていると考えられる。 こうした公儀造営にかかわった中井家は、配下に常時30人の棟梁衆を抱え、設計を一手に行っていた。その際、幕府の予算削減によって、何度も設計変更を行っている。こうした業務の中で、輪番制を設けるなど、きわめてシステマティックに内部体制を整備していったことが文献から判明する。 以上、3点を柱にして、近世社寺建築における中井家の設計活動とその造営に関して、関係資料の収集をおこない、若干の知見を得ることができた。
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