昆虫寄生性線虫の感染態3期幼虫は、絶食や乾燥など生存にとって不適な環境条件下で生き延びる能力をもち、線虫にとっては種族を維持するために必須の発育ステージであると同時に、応用的には、害虫防除に利用できる唯一の発育ステージである。この感染態3期幼虫の出現には、遺伝子要因と環境的要因が働いていると解釈されるが、両者を明確に識別した実験的証明は乏しい。現象的には、Steinernema属の昆虫寄生性線虫では、小型の第二世代成虫から生まれた寄生型幼虫が過密や栄養不足など発育にとって不良な条件の下で感染態幼虫に発育することが知られている一方、線虫を昆虫に感染させた場合も各種の培地に線虫を接種した場合も、最初は必ず大型の第一世代成虫が、次は小型の第二世代成虫が出現することから、第一世代成虫から第二世代成虫への発育は遺伝的に決定されているように考えられていた。しかし、第一世代雌成虫を新鮮な培地に次々と移していく単雌移植培養実験において、第一世代型の成虫が出現し続けることから従来の考えは否定され、感染態幼虫出現の前段階にあたる第二世代成虫の出現は遺伝的に固定されたものではなく、環境の影響下にあることが明らかとなった。 感染態幼虫の出現には、線虫の種に固有な共生細菌(Xenorahbuds)の菌相がフェーズ1からフェーズ2へ転換することが契機になるとの考えもあったが、この考えも本研究で行った広範な無菌培養実験によって否定された。すなわち、Caenorhabditis elegans用の無菌液体培地にオートクレーブ殺菌したハチミツガ幼虫を添加しただけの簡易無菌培地を考案し、この培地中での線虫の発育と増殖の過程を調査した結果、共生細菌が存在しない無菌条件下でも感染態幼虫が大量に出現することが明らかとなる一方、この無菌線虫は、共生細菌を保有している線虫より病原性はかなり低いが、それでもハチミツガ幼虫に対して殺虫性があることが明らかとなった。現在、実験的解析の容易な無菌培養系を主に用いて、感染態幼虫の出現と生存の機構に関する実験を継続中である。
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