研究概要 |
生体触媒の大きな特徴は光学特異性である。C3化合物である(R)-3-クロロ-1,2-プロパンジオール((R)-MCP)は、光学活性体として最も基本的な構造の一つであり、さまざまな医薬品、生理活性物質等の不斉骨格となりえる汎用性の高いキラルソースである。 不斉を持たない原料1,3-ジクロロ-2-プロパノール(DCP)からプロキラル立体特異性を持つ酵素によって(R)-MCPへ変換する活性を持つ酵素源の検索を行いCorynebacterium sp.N-1074を選んだ。本菌を用いてDCPからMCPの変換が検討したが、その光学純度は反応条件によって大きく影響された。そこでDCPから(R)-MCPへの変換反応にかかわる酵素系の検討を試みた。 Corynebacterium sp.N-1074の細胞抽出液を用いて、DCPからMCPへの反応経過を調べると、特に反応の初期においてエピクロルヒドリン(ECH)の生成がみられるが、最終的にはDCPからほぼ定量的にMCPとクロルイオンが生成した。このことは、DCPが脱塩化水素反応を受けてECHとなり、さらにECHの水和開環によりMCPが生成してくることを示唆していた。そこで、本変換反応に関わる酵素活性の分画を、DEAE-Sephacelカラムクロマトグラフィーを用いて試みたところ、DCPを脱クロルする活性画分とECHを開環しMCPを生成する活性画分がそれぞれ2種類得られた。DCPを脱クロルする2つの画分(Fraction la and lb)はどちらもDCPとECHとの間の可逆反応を触媒するが、laによって生成するECHはラセミ体であり光学特異性が認められなかった。一方lbによって生成するECHは明らかにR体リッチであり、光学特異性が認められた。 我々はla and lbの脱クロル化酵素(enzyme la and lb)を精製してその諸性質を明らかにした。両酵素の基質特異性は異なっていたが、共にいくつかのハロヒドリンに作用して、塩化水素を遊離しつつそれぞれに相当するエポキシドを生成し、またその逆反応をも触媒した。従っていずれも、ハロヒドリンエポキシダーゼ(halohydrin hydrogen-halide-lyase)と呼ばれるべき酵素であると考えられた。よってenzyme lbはハロヒドリンの立体特異性を認識できうる、初めての酵素と言える。 ECHを水和開環してMCPを生成する2つの画分(Fraction lla and llb)の酵素についても精製単離を行い、諸性質を明らかにした。ECHを基質とした場合、生成した(R)-MCPの光学純度はそれぞれ15%e.e.および60%e.eであり、その立体選択性が異なっていた。これらの結果から、DCPからMCPへの変換には少なくとも4種類の酵素が共役しており、生成してくる(R)-MCPの光学純度はこれらの共役系によって大きく影響を受けることが明らかとなった。
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