研究概要 |
イカ胴肉に食塩10%とイカ肝臓5%を加えた"赤作り"を基本とし,肝臓添加量の異なる塩辛,"赤作り"にイカ墨を添加した"黒作り"および胴肉の表皮を剥皮した"白作り"を調製し,その熟成過程における各塩辛の各種化学成分の消長および細菌相の変遷を調べた結果,Staphylococcus aureusの増殖を抑制する成分がイカ肝臓に存在すること,またS.aureusとS.epidermidisの増殖を抑制する成分がイカ墨に存在することが明らかとなった。そこで,まずイカ肝臓から抗菌性画分の分離を試みた。その結果,イカ肝臓中に存在する抗菌性物質は,ゲル濾過によって分子量600-850で100℃,30分間の加熱でも失活しない比較的熱に安定な物質と推定された。この抗菌画分は,食塩10%の共存下でS.aureusに対して4mg/ml濃度で増殖遅延を,8mg/ml濃度で増殖抑制効果を示した。また,イカ塩辛からの分離菌株のうち,S.warneri,S.xylosus,Micrococcus sp.の増殖には本画分の影響を認められなかったが,S.epidermidisには食塩3-10%共存下において増殖促進効果が認められた。したがって,イカ肝臓の抗菌性物質は,10%用塩量の伝統的な"赤作り"塩辛の熟成過程における独特の菌相形成,すなわちS.aureusが増殖せずに,それ以外のStaphylococcus属やMicrococcus属が優勢となる機構に関与することが示唆された。一方,イカ墨中の抗菌性物質も熱に比較的安定であること等から,従来の報告のようなリゾチーム様の酵素とは異なることが示唆され,その抗菌活性はイカ塩辛からの分離菌株のうちS.epidermidisの増殖には抑制的に作用したが,S.warneriおよびMicrococcus sp.には影響が認められなかった。このような結果は,"黒作り"塩辛で見られたS.warneriが優勢となりS.epidermidisが検出されない菌相特性とよく一致するものであった。これらのことからイカ肝臓およびイカ墨中の抗菌性物質が,伝統的なイカ塩辛の熟成過程における菌相形成に大きな役割を果たしていることが示唆された。
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