最近、著者らは、広温域性の淡水魚であるコイが、温度馴化に伴って異なったミオシン・アイソフォームを発現し、酵素活性を変化させることを見いだした。周知のように、ミオシンは魚類筋肉タンパク質の主要成分であり、その性状は魚肉の貯蔵性や加工適性に大きな影響を及ぼす。そこで本研究は温度馴化したコイからミオシンを単離し、熱安定性や熱容量特性を調べるなど、ミオシン・アイソフォームの構造に熱力学的検討を加えることを目的とした。 1.10および30℃に温度馴化したコイから筋原線維の主要成分であるミオシンを調製し、Ca^<2+>-ATPase活性を指標にして30℃における変性速度恒数を調べたところ、10および30℃馴化ミオシンでそれぞれ7.5および3.7x10^<-4>s^<-1>と、10℃馴化ミオシンで約2倍高く、したがって、熱安定性が約2倍低いことが明らかとなった。 2.F-アクチンをウサギ骨格筋から調製して、10および30℃馴化コイ・ミオシンに加えてアクトミオシンとし、上述の同様な方法で40℃における変性速度恒数を測定したところ、それぞれ10.8および5.3x10^<-4>s^<-1>と、この場合も10℃馴化コイ・アクトミオシンが30℃のそれより約2倍高かった。 3.10および30馴化ミオシンを示差走査熱測定(ミクロカロリメトリー分析)に付したところ、10℃馴化ミオシンでは32.8、35.0および47.4℃に分子構造の変化に伴う吸熱ピークを示した。一方、30℃馴化ミオシンでは吸熱ピークが35.8、39.7および49.1℃にみられ、10℃馴化ミオシンに対応するピークの測定温度は、いずれも2〜5℃高く、熱安定性が高いことが示された。 4.10および30馴化ミオシンからα-キモトリプシン限定分解でロッドを調製し、ミオシンと同様にカロリメトリーを分析を行ったところ、10℃馴化ロッドでは32.9、33.4および44.1℃に、他方、30℃馴化ロッドでは34.5、39.7および46.7℃にそれぞれ吸熱ピークが認められ、ミオシンで観察された吸熱ピークやロッド分子に由来することが強く示唆された。なお、別途測定したCDスペクトルから、吸熱ピークがα-ヘリックスの崩壊によることが示された。
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