X線結晶解析によると、Hbの四次構造変化、すなわちR(relaxed)→T(tense)転移は、α_1-β_1とα_1-β_2のサブユニット接触面のうち、主にα_1-β_2接触面で起こるといわれている。このα_1-β_2接触面にアミノ酸変異が起こると、Hbの協同性が失われることは、この面が重要であることを裏付けている。しかし、個々のアミノ酸が四次構造変化にともなって、どのような状態変化を起こしているかについての知見は非常に乏しい。 最近レーザー技術の発展により、高繰り返しで安定なUVレーザー光が得られるようになったこと、また弱いラマン線を高感度でキャッチする検出器が開発されたことにより、タンパク質の紫外光励起の共鳴ラマン(UVRR)の測定が可能になった。UVRRでは励起波長を選ぶことによって、アミド結合、Phe、Trp、Tyrなどの状態変化をそれぞれ選択的に解析できる。本研究では235nm励起によるUVRRでHbのR→T転移にともなうTrpとTyrの状態変化を調べた。HbのR→T転移にともないTrpのラマンバンドには主に強度の変化が、Tyrには波数のシフトがみられた。異常血色素Hb Hirose(β37Trp→Ser)のUVRRを測定することにより、DeoxyHb A中のβ37Trpのラマンスペクトルを抽出することに初めて成功した。それよりDeoxyHb Aにおけるβ37Trpは疎水的環境にあり強い水素結合を形成していることが示唆された。酸素結合にともなってこの状態に変化が起こり、R→T転移にともなう全Trpの変化の70%がこのβ37Trpによることが明らかとなった。また、Hb Hiroseのタンパク質の構造変化を円偏光二色性(CD)スペクトルにより調べ、機能と構造変化についても考察した。
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