本研究の目的は胃前癌病変を分子病理学的に解析して、その生物学的特徴から胃癌発生との関連を明らかにすることである。 胃の前癌病変である腸上皮化生粘膜上皮においては正常粘膜では見いだされないp53蛋白陽性細胞が散見され、PCR-SSCP法とFluorescence insitu hybridization(FISH)法の併用により、p53遺伝子の点変異(エクソン5と8)が存在するが、遺伝し欠失はないことが示された。他方、胃癌では点変異と欠失が同時に存在する症例が見いだされた。胃癌発生との関連が示唆される不完全型腸上皮生では完全型よりもアポトーシス細胞の分布密度が高く、主として腺底部増殖帯近傍に分布していた。アポトーシスは光顕所見のみならず、TUNEL法でも確認された。また、c-ERBB2あるいはc-ERBB3遺伝子産物の発現が見いだされ、腸上皮化生粘膜の増殖に関与している可能性が示唆された。 次に胃腺腫45例について検討した。アポトーシス細胞の分布密度は低異型度群により高異型度群で有意に高頻度であった(P<0.01)。なお、胃癌では高分化型腺癌9例で7.7〜14.5%(平均10.9%)、低分化型腺癌5例では、2.7〜7.5%(平均4/0%)でアポトーシスを示す癌細胞が見いだされ、前者において頻度が高かった(P<0.01)。他方、腺腫ではp53蛋白陽性細胞は見いだされず、17番染色体やp53遺伝子の数的異常はなかった。c-ERBB2ないしc-ERBB3遺伝子産物の発現は微弱であった。 以上より、腸上皮化生粘膜ではp53遺伝子変異の生じていることが示された。また、化生粘膜、腺腫および胃癌ではアポトーシスが生じており、組織形態保持のみならず、腫瘍細胞の増殖進展に関与していることが明らかとなった。
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