原虫を含めた多くの感染症において、熱ショック蛋白質(以下HSP)は病原体自身、宿主細胞あるいはそれらの双方に発現する場合があることが知られている。しかし、HSPが病原寄生体の宿主防御系からのエスケープの手段として機能するものであるのか、あるいは宿主側の防御機構に有利に働くものであるのかについては明らかではない。また、病原体の感染形態や、毒力、宿主側の防御能の相違が病原体あるいは宿主細胞へのHSPの発現にどのような法則性をもたらすかについても不明のままである。我々は、主としてMΦを含めた網内系へ寄生するトキソプラズマにおいては、原虫自体には、HSP(HSP65)は発現していないが、感染宿主の抗原特異的なT細胞の介助により宿主MΦに発現し、その程度が宿主防御能に相関することをトキソプラズマの強毒株(RH株)と弱毒株(Beverley株)を用いたマウスによる実験系で明らかにした。さらにT細胞の中で、特にγδT細胞がHSP65の宿主MΦへの発現に最も重要な役割を果たすことを見い出した。γδT細胞はHSP65をリガンドとしてHSP65の発現の場に集積し、活性化するという報告は多いが、γδT細胞がHSP65の発現自体に関与するという報告はなく、全く新しい知見と思われる。さらに、トキソプラズマの強毒株の感染の場合は、感染防御が成立しないが、その場合には、原虫がHSP65の宿主MΦへの発現を抑制する機構を備えていることが判明した。また、弱毒のBeverley株もマウスの腹腔内に数回パッセージすることにより強毒化するが、この場合にもHSP65の発現は抑制される。なお、ヌードマウスやスキットマウスでは、弱毒のBeverley株に対しても、感染防御は成立せず、またHSP65も発現されない。上記の現象は、AIDS等に伴うトキソプラズマの日和見感染の機序およびその対策を検討する上で大いに示唆を与えると思われる。
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