本研究は、平成5年から平成11年までの6年間にわたり、以下に述べる三つの作業を基に進められたものである。 第一部『健忘症候群の症候学』では、健忘に関する過去の主要な文献を取り上げ、様々な精神障害における健忘症候群の態様についてまとめている。狭義の健忘にとどまらず、広く記憶の精神病理という視点を重視し、他の症状との関連についても論じている。とくに、これまで論ずる機会が少なかった分裂病における記憶の障害について詳細な考察を加えた。 第二部『症例集』は、主に平成5年から平成7年までの三年間に集積した症例の中から、記憶の精神病理が前景となっているものを選択した、記述精神病理学的な症例報告である。「物忘れの自覚症状が強い神経症」、「全生活史健忘の発症と回復過程」「心因性健忘と記憶錯誤」「分裂病にみられた著しい記憶錯誤」「電撃療法後の健忘」「物忘れを主訴とする離人神経症」「抗不安薬による錯乱と健忘」「コルサコフ症候群」「作話が顕著な老年痴呆(プレスビオフレニー)」「アルコール離脱症候群の健忘」「アルツハイマー病初期の物忘れ」の11例である。 第三部『健忘に関する文献の項目別分類と整理』は、最近十年間に発表された健忘に関連する文献を検索し、さらにテーマ別に分類整理したものである。「症候学」「記憶障害の評価」「神経心理学」「年齢」「器質性精神障害」「精神作用物質」「身体との関連」「てんかん」「精神分裂病及び妄想性障害」の9つの小項目に整理することにより、健忘に関する臨床精神病理学的研究のための有用な資料を作成した。
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