甲状腺濾胞上皮細胞の分化・増殖にはサイロトロピン(TSH)が中心的役割を果たしている。ヒト甲状腺癌細胞においてもTSHレセプター(TSH-R)が存在するが、その性状は不明の点が多く、この解明は甲状腺癌の診断・治療に重要であり早期の解析が求められていた。 今回、我々は正常ヒト甲状腺並びに甲状腺腫瘍組織(正常4例、乳頭癌18例、濾胞癌6例、腺腫6例)よりpolymerase chain reaction(PCR)法でTSH-R cDNAを合成し、coding regionでの変異の有無をsingle strand conformation polymorphism(SSCP)法を用いて検討を行なった。その結果、全34例中10例に変異の存在が推定された。これらの変異を確定すべく、これらの塩基配列を決定したところ、次の5種類の点変異であることが判明した。 変異A:コドン197、フェニールアラニン(TTC)→イソロイシン(ATC) 変異B:コドン219、アスパラギン酸(GAT)→グルタミン酸(GAG) 変異C:コドン715、アスパラギン(AAC)→アスパラギン酸(GAC) 変異D:コドン723、リジン(AAG)→メチオニン(ATG) 変異E:コドン727、アスパラギン酸(GAC)→グルタミン酸(GAG) この内、変異Eは乳頭癌4例、濾胞癌1例とともに正常甲状腺と思われる部位よりのTSH-R cDNAにも存在したことよりnormal variantの可能性が高いが、変異A〜Dはすべて癌組織にのみ見い出され、かつアミノ酸のシフトを起こすものであることが注目される。これらの部位はTSH-RにおいてTSHの結合ないし脱感作に関する領域とされ、甲状腺癌組織のTSH応答の低下に関与しうることが示唆された。
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