我々は肝切除術を受けた患者の一部に、術後一過性にウシとウサギのTF活性を阻害するが、サルとヒトのTF活性を阻害しない抗体(IgGλ-タイプ)が出現することを発見した。このことは、この抗TF抗体がTF分子上の種特異性を示す部位に結合することにより、TF-VII(a)因子複合体の形成を阻害することを示唆している。ウシTF-VIIa因子複合体によるX因子活性化に対する本TF抗体の阻害効果を検討したところ、KmとVmaxを共に低下させることが判明した。TF抗体の出現機序については、肝切除術中に局所の止血のために多量に用いられた、ウシ真皮由来のコラーゲン製剤の中に混入した変性ウシTFが免疫原となったことをウェスタンブロッティング法を用いて明らかにした。 ウシTFの細胞外ドメインに対応するcDNAをpAM82に挿入した発現ベクターを作成し、これを用いて酵母AH22株を形質転換し、得られた培地よりウシ可溶性リコンビナントTFを大量に調製した。このウシ可溶性TFは、N末端側から213番目のアミノ酸までで構成されている。ウシ可溶性TFをトリプシンで短時間消化すると、Arg129-Ala130のペプチド結合が切断され、アミノ末端側とカルボキシル末端側の2つのドメインに分解された。ウェスタンブロッティング法による検討にて、本TF抗体が2つのドメインをともに認識することが分かった。 ウシ可溶性TFをシアン酸カリウムで処理すると、そのVIIa因子合成基質水解活性の増強効果は時間とともに消失し、VIIa因子との結合能が消失することがリガンドブロッティングにより判明した。この修飾TFをトリプシン消化後、逆相HPLCでペプチドマッピングを行ったところ、Lys-17のε-アミノ基のカルバミル化によって、可溶性TFのVIIa因子に対する親和性が著しく低下することが明らかとなり、この残基がVIIa因子との相互作用に大きく寄与していることが推定された。 TF分子のアミノ末端側とカルボキシル末端側のそれぞれ100アミノ酸残基からなる2つのサブドメインに、VII(a)因子結合部位が含まれていることが次第に明らかとなってきている。ヒト、ウシ、ウサギ、マウスのTFのアミノ酸配列を比べると、残基番号81-90の領域と残基番号197-218の領域で相同性が低く、こうした領域がTFの種特異性に関連が深いと推定される。従って、肝切除術後に出現した抗TF抗体は、これらのドメイン上に存在する2つのVII(a)因子結合部位と結合することにより、明確な種特異性を示してウシTFとヒトVII(a)因子との複合体形成を阻害したものと考える。
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