研究概要 |
今年度は,大腸の初期病変におけるK‐ras遺伝子の変化を主に解析し,その結果を前年度のp53遺伝子の解析結果と比較検討した。長径10mm以上の大腸腺腫32例および大腸腺腫内癌30例のマイクロウエーブ固定パラフイン切片から顕微鏡下に正常部分,種々の異型度の腺腫部分及び癌部分を取り出し,DNAを抽出した。次いで,Nested‐PCRを組み合わせたPCR‐RFLP法によりK‐ras遺伝子のcodon12,13の変異を解析した。良性の大腸腺腫におけるK‐ras変異は,32例中13例(41%)に認められたが,組織型別の内訳は,mild dysplasia23例中4例(17%),moderate dysplasia22例中11例(50%)であった。一方,大腸腺腫内癌症例におけるK‐ras変異は,腺腫部分で36例中17例(47%),癌部分で36例中14例(39%)であった。すなわち,K‐ras遺伝子変異について,腺腫の異型度の昂進に伴った頻度の増加はあるものの腺腫内癌症例の腺腫部分と癌部分では差を認めず,悪性化の段階での関与は否定的であった。また,同一腺腫内の異なる異型度の部分が解析できた11例において,mild dysplasiaで変異(-),moderate dysplasiaで変異(+)のものは1例しかないことからK‐ras遺伝子変異は,腺腫の異型度の昂進の原因では無くむしろその結果であること,すなわち変異が異型度の高い腺腫でより生じやすいことが示唆された。腺腫内癌をK‐ras変異(-)群と変異(+)群にわけてp53遺伝子変異の頻度を検討したところ後者にやや高い傾向が認められたが,有位な差ではなかった。以上の結果は,従来報告されてきた大腸発癌におけるK‐ras遺伝子の積極的な関与についてむしろ否定的な示唆を与えるもので興味深く,今後のさらなる検討が待たれるところである。
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