脊椎・脊髄手術後に生じる脊髄・神経根周囲への炎症・癒着反応に対し、従来の脂肪移植にかわる癒着防止材として、その透過性および抗炎症作用に着目し、polyvinyl alcohol hydrogel膜(以下PVAH膜と略す)を中間挿入膜として使用後、硬膜や神経根周囲における癒着防止効果を検討した。雑種成猫60匹を使用し、無菌操作下で第5腰椎の広範椎弓切除を行い、硬膜と神経根周囲を厚さ200μmのPVAH膜で覆った群と、遊離脂肪移植群、コントロール群の3群に分けた。各群を術後の飼育期間によってさらに3群に分け、3週間飼育群(各群4匹づつ)、3カ月飼育群(各群6匹)、12カ月飼育群(各群10匹)とした.飼育後は手術部位の脊柱ならびに周囲の軟部組織を一塊として摘出し、ホルマリン固定後、HE、LFB-PAS、Laidlaw's silver、Masson's trichromeの各染色を行った. 平成6年度は、12カ月長期飼育群の病理組織所見も追加して本実験の最終総合判定を行った. 1)脊椎手術時の椎弓切除や硬膜、神経根周囲の操作によって局所の炎症反応を惹起し、硬膜や神経根の癒着を引き起こすことが多く、またこれらが再手術の同部位への侵入を危険で困難な状態にしていることが判明した。 2)コントロール群、遊離脂肪移植群では硬膜上に強い細胞浸潤が見られ、癒着も露出硬膜全体に高度であり、硬膜が肥厚していた。PVAH膜群では癒着はまったく存在せず、PVAH膜の両側に薄い滑膜様物質が観察され、硬膜の肥厚は最小であった。遊離移植脂肪片は時間の経過によって縮小する傾向があった。 3)コントロール群と脂肪移植群の神経根周囲には線維性瘢痕によって癒着が観察できたが、PVAH膜では癒着がまったく見られなかった。 PVAHは水分量、強度が生体組織と酷似し、異物反応も少なく、表面には微小孔があり、蛋白等の低分子を透過しても、マクロファージのような高分子は透過しない。この選択的透過性が必要な栄養物は取り入れ、不必要な炎症細胞の脊柱管内への浸潤を防止し瘢痕組織形成や癒着を減少させると思われた。PVAH膜は、脊椎手術時の癒着防止材として遊離脂肪移植に優る有用な挿入膜と考えた。
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