哺乳動物の受精現象の最終段階における精子と卵子の融合過程に、細胞接着因子が関与することをすでに確認している。すなはち、ヒト精子赤道域に細胞接着因子の一つであるフィブロネクチン活性の局在を抗フィブロネクチン抗体を用いた免疫組織学的手法にて明かにするとともに、卵子細胞質表面にその受容体であるインテグリンファミリーの経時的発現を観察してきた。また、透明帯除去ハムスター卵を用いたsperm penetraion assay(SPA)にて、RGD(Arg-Gly-Asp)アミノ酸配列が精子卵子接着結合融合に重要な役割を担っていることが明らかになった。これらの成績をもとに、生殖医学領域における臨床応用の可能性について検討を加えた。男性不妊症患者の精子赤道域におけるフィブロネクチン活性は、正常男性の精子と比べ有意に低下していることが認められた。このことは、精子赤道域のフィブロネクチン活性の測定により、精子受精機能を評価することが可能となり、受精能検査のひとつとしての有用性が示された。更に、精子卵子結合融合能に障害を有する男性不妊患者精子の精子赤道域への細胞接着因子の導入に関して検討した。精巣上体上皮細胞株の培養系と患者精子の共培養により精子赤道域へ細胞接着因子の発現を試みた。精巣上体上皮細胞の継代培養株を確立し、射出精子を培養液にて調整後、一定時間共培養を施行した。共培養後の精子について、免疫組織学的手法にて赤道域の細胞接着因子の活性を測定するとともに、SPAにて精子受精機能を判定した。約12時間の共培養により、精子赤道域に細胞接着因子活性の発現を確認した。更にこの精子の受精能をSPAの精子侵入率を指標に調べると、対象に比し有意に受精能の改善をみた。このこより、精巣上体細胞との共培養系は、精子赤道域の細胞接着因子発現に有用であることが明らかになるとともに、精巣上体における精子成熟過程において精子卵子の結合融合能を獲得することが示唆された。次に、精子前培養系において、細胞接着因子を精子赤道域へ導入する新しい方法を開発した。新たに調整した低温精子前培養液中に細胞接着因子を含ませ、精子を24時間低温度培養し、SPAを用いて精子受精能を調べた。この培養法により精子の受精能は上昇傾向を示し、細胞接着因子の導入法として、手技の簡便さから臨床応用の可能性が充分に期待できるものと思われる。以上、受精現象の精子卵子結合融合過程の細胞接着因子の関連性を示し、精子赤道域の細胞接着因子活性の測定は精子受精機能検査のひとつとして男性因子の評価に役立つこと、更に、精巣上体細胞との共培養法や低温度精子培養法により精子に細胞接着因子を導入することが可能となり、不妊治療の新たなる側面を明かにした。
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