まずもって、この研究の一つの大きな骨格であるヒト側頭骨の検索について、昨年度同様に開頭許可を承諾して頂いた剖検例がここ数年に比べて非常に少なかった事を記さなければならない。既にラセン神経節、膝神経節、前庭神経節においてPCR法でHSV-1核酸の検出が確認されていたが、潜伏感染ウイルスの指標となるlatency-associated transcript(LAT)の発現をRT-PCR、ISH法にて検索したところでは、膝神経節、前庭神経節においてはLATの発現が認められたが、ラセン神経節においてはLATの発現が認められなかった。このような結果の相違の一つの原因として、ラセン神経節においては潜伏感染コピー数が極めて少ないことが予想された。そこで、既知量のDNAと競合的にPCRを行い、神経節間の相対的なLAT量を算定した。三叉神経節、膝神経節でのHSV-1DNAあるいはLATのコピー数は前庭神経節のコピー数の約10〜10^2倍であった。またISH法にて、三叉神経節、膝神経節ではそれぞれ平均1.2%、6.2%にLATの発現が認められたが、前庭神経節においては1症例1側のみLATの発現が見られ、神経節細胞の平均LAT発現率は0.1%以下であった。これに比しラセン神経節では検索した症例では確認できなかった。 成人剖検例の側頭骨内知覚神経節においてPCR法でHSV-1核酸の検出が確認されたことについて、突発性難聴、ベル麻痺、前庭神経炎の病因の1つとしてのウイルス説を1歩前進させたと考えた。しかしLATの発現が膝神経節では明らかなものの、前庭神経節においては1症例1側のみに、ラセン神経節では検索した症例では確認できなかった。当初に述べた様に症例数が未だ足りないのか、HSV-1の潜伏感染コピー数が少ないのか、これら神経節細胞とHSV-1の親和性の差異に依るもなのかは、更に検討を要する処である。
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