シスプラチンによる急性毒性機序の一部は、蝸牛外有毛細胞表面のCa^<2+>チャンネルを阻害し、音受容機構の第一歩を抑制するためではないかということを、我々は昨年度までの研究で明らかにしてきた。しかしながら、この作用が慢性毒性すなわち細胞死に直接結びつくのかどうかについては疑問が残る。そこで今年度は、抗腫瘍性および腎毒性がないとされているシスプラチン異性体であるトランスプラチンを用いて検討してところ、次のような結果を得た。 (1)パッチクランプ法によって、モルモット蝸牛における単離外有毛細胞のCa^<2+>電流に対する両薬剤の影響を調べると、トランスプラチンもシスプラチンと同程度のCa^<2+>電流抑制作用をもっていることがわかり、しかもその作用は濃度依存性かつ一過性であった。 (2)In vivoにおけるトランスプラチンの腎毒性および耳毒性の有無について検討したところ、トランスプラチンはシスプラチンの4倍量を全身投与しても、腎毒性、耳毒性ともに認められないことが、モルモットに対する電気生理学的、形態学的実験および血液生化学検査によって明らかとなった。 (3)以上の結果より、シスプラチンの細胞膜表面チャンネルに対する作用は、音受容機構の一部を抑制することはあっても、この作用によって直接細胞死へと導かれることはないであろうと結論した。
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