口腔粘膜の白板症、扁平苔癬、乳頭腫などの角化病変は癌化する可能性のある病変と考えられているが、これらの病変のうち癌化する場合とそうでない場合を細胞形態学的所見だけで区別することは困難である。一方、いくつかの研究結果から細胞性癌遺伝子であるFosおよびJun蛋白質は真核細胞における遺伝子の転写因子であることが明らかにされ、これらの転写因子の発現が標的遺伝子の発現を促すことで細胞の増殖およびトランスフオーメイションが引き起こされると考えられている。このことは、FosおよびJun蛋白質の発現の増加は癌化の初期過程の指標になり得ると考えられる。そこで、当科で得られたこれらの各種角化病変を10%ホルマリンで固定し、パラフイン包埋を施し、5umの連続切片を作製して、脱パラ後Fos蛋白質に対するポリクローナル抗体を用い、ABC法で免疫組織化学染色を施した。 Fos蛋白質に対するポリクローナル抗体はオンコジーンサイエンス社とサンタクルス社から入手し、それぞれの抗体の最適反応濃度を決定したところオンコジーンサイエンス社の抗体は1/1000希釈、サンタクルス社の抗体は1/2000希釈が最適希釈濃度であることが明らかとなり、前癌病変においてFos蛋白質が発現していることが明らかとなった。 Fos蛋白質の発現についてみると、組織学的に悪性度の高い扁平上皮癌では上皮基底層で陽性細胞が多く出現する傾向が認められたが、白板症、扁平苔癬、乳頭腫などの角化病変ではむしろFos陽性細胞をほとんど認めることができなかった。このことは、癌の悪性度によりFos蛋白質の発現に違いのあることを示唆している。また、正常な上皮組織の基底層ではFos蛋白質が発現しているという報告を考慮すると、前癌病変ではFos蛋白質の発現が促進されるよりもむしろ抑制される傾向にあるのかも知れない。
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