昨年度の結果に基づき、生薬から特定の遺伝子領域を増幅し、その塩基配列を直接または間接に比較することによる生薬鑑別法を検討した。 漢薬「当帰」は、セリ科の多年草トウキ(Angelica acutiloba)およびその近縁植物の根を乾燥したもので、特に婦人科領域の漢方処方に繁用されている重要生薬である。日本産の当帰には、主として奈良地方で栽培されているヤマトトウキを基原とするもの(大和当帰)と北海道で栽培されているホッカイトウキを基原とするもの(北海当帰)があり、それぞれの植物を基原とする生薬は品質的に異なっているとされている。そこで本研究においては当帰を材料として取り上げた。増幅の対象とする遺伝子領域としては5S-rRNAをコードする遺伝子クラスターのスペーサー領域に着目した。すなわち5S-rRNA遺伝子はゲノム内で縦列反復したクラスターとして存在しており、コード領域の保存性は高いのに対して、塩基配列の変異はコード領域間のスペーサー領域に集中している。この点に着目して、5S-RNA遺伝子のコード領域の3´末端および5´-末端部のホモロジーの高い部分をそれぞれセンス-、アンチセンスプライマーとし、「当帰」末から調整したDNAを鋳型としてPCRによる5S-RNA遺伝子クラスターのスペーサー領域の増幅を行ってみた。その結果、約320bpという予想されるサイズの増幅産物が得られ、そのサイズは植物から調製したDNAを鋳型とした場合のPCR産物と一致した。その他数種の生薬とその基原植物由来のDNAを鋳型として同様にPCRを行ったところ、いずれも300bp内外のサイズを示すフラグメントが増幅された。 このPCR産物を精製し、種々の制限酵素を用いて切断を試みたところ当帰由来のDNAを鋳型としたPCR産物ではHin dIIIによって切断されたのに対して、その他の生薬由来のPCR産物はHin dIIIによる分解を受けなかった。このことはPCRによる増幅と制限酵素による切断を組み合わせた方法によって生薬のDNA鑑別が原理的に可能であることを示している。
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