研究概要 |
軸配位子が水素結合した例スピンヘム錯体Fe(TPP)(OMe…LOMe)_2^-(ただし、TPP=テトラフェニルボルフィン,L=HorD)のg主値は77および20kでESR測定したところ、L=HとL=Dの間で有意の差が認められた。 L=H(20K);g_x=1.9134,g_y=2.1654,g_z=2.4949, L=D(20K);g_x=1.9146,g_y=2.1643,g_z=2.4917, g主値の解析結果は、d軌道のエネルギー分裂および励起Kramers二重項への遷移エネルギーはL=Dの方がL=Hの方より大きく、OMe…LOMeの水素結合は基底状態よりも励起状態の方が強いこと、を示した。このことは、軸配位原子MeO上の電子密度は励起状態の方が基底状態に比べて増大していることを意味し、低スピンヘム錯体の電子構造と矛盾しない。励起Kramers二重項においては、d_<yz>,d_<zx>軌道の電子密度が増大しているからである。 なお、低スピンヘム錯体Fe(TPP)(OMe…LOMe)_2^-の生成反応 Fe(TPP)(OMe)+MeO^-+2MeOL=Fe(TPP)(OMe…LOMe)_2^- において、非常に大きな重水素同位体効果(K_D/K_H=5〜6)が観測された。この同位体効果は、基底電子状態における水素結合のゼロ点振動レベルの反応原系と生成系との差違を反映するので、さらに詳細な測定を計画中である。 平成5年度の研究目的の主要部分は達成されたと評価している。特に、g主値に対する同位体効果の測定は、広く金属錯体のESR文献を参照してみても、従来報告されていない課題であり、同位体効果の測定とその解析自体に物理化学的意義があると考えられる。
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