研究概要 |
平成5年度の測定結果である「軸配位子が水素結合した低スピンヘム錯体Fe(TPP)(OMe…LOMe)_2^-(ただし、TPP=テトラフェニルポルフィン,L=H or D)のg主値に対する重水素同位体効果」を説明するために、水素結合O-L…Oの反対称伸縮振動を考慮して、t_2軌道のエネルギー分裂および基底電子状態から励起電子状態への遷移エネルギーに対する重水素同位体効果の計算を行った.伸縮振動に対するポテンシャル関数として非対称double minimum型(基底電子状態:V(X)=AX^2+BX^3+CX^4,励起電子状態:V'(X)=αX+A'X^2+B'X^3+C'X^4)を仮定し、振動のエネルギー準位と固有関数を求め、振動波動関数の重なりを考慮して、基底電子状態のゼロ点振動レベルからの励起電子状態への遷移エネルギーをL=DとL=Hの場合について比較した.多くの計算例から重水素同位体効果は以下のようにまとめることができた.(Case 1)基底電子状態の水素結合が比較的弱いとき:「励起電子状態における水素結合が基底電子状態より強い(弱い)場合には、遷移エネルギーはL=Dの方がL=Hの方より大(小)となる」.(Case 2)基底電子状態の水素結合が比較的強いとき:大小関係はCase 1と逆になる.いずれにせよ、基底および励起状態における水素結合に差違がみられる場合には、結晶場エネルギーや励起エネルギーに対する重水素同位体効果が期待され、それがg値に対する同位体効果に反映されることになる.実測の低スピンヘム錯体における重水素同位体効果はCase 1の励起状態における水素結合が基底状態よりも強い場合に該当する.定性的には、Fe(TPP)(OMe…LOMe)_2^-の電子構造からわかる通り、軸配位子MeO^-の酸素上の電子密度が励起状態において増加しているためとして理解される.
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