1)P53遺伝子導入によるHTC/C3細胞の分化 P53(野性型)遺伝子をHTC/C3細胞に、electroporesion法により導入した。対象としては、(1)HTC/C3野性株、(2)HTC/C3細胞にTSH-R遺伝子の導入したクローンの中で、TSHに対する反応性の高い株を用いた。細胞に野性型P53遺伝子を導入後、TSHまたはdb-CAMPを添加した培養液で培養したものを固定し、抗ヒトTg抗体を用いて染色し、Tg産生細胞の有無を時系列的に調べた。一方、培養上清も回収してヒトTgを定量した。導入後48時間から7日目までの観察期間に於いて有意のヒトTgの産生は認められなかった。P53の導入により、細胞の増殖性が抑制されたり、programed cell death機構が誘導される恐れも考えられたが、アポトーシス現象を直接示唆する所見は得られなかった。ヨードイオンの有意の取り込みも認められなかった。一方、ヨードイオンの取り込み機序(シンポーター)に作用する薬剤について検討を加え、消化性潰瘍治療薬に広く臨床応用されているプロトンポンプ阻害剤の中にその作用を示すものがあることが明らかとなった。しかし、シンポーターへの直接結合活性を有さないことが明らかとなったため、甲状腺癌の分化形質発現マーカーとしての応用は不可能であった。 2)甲状腺癌特異的抗原(TCM-9認識抗原) 株化甲状腺癌からの抗原の精製は、抗原が不安定であり、保存性に再検討を要することが明らかとなった。この抗原の組織分布は、増殖性の高い部分に集積する傾向であることが確認された。乳頭癌、濾胞癌の染色性はほぼ同様であり、未分化癌での染色性も高かった。しかし、macrofollicular adenomaの乳頭状構造を持つ部分にも染色性があり、甲状腺分化度とも関連する一方、増殖性の関連する抗原であることが推測された。P53導入によるTCM-9抗原量の発現量に有意の変化は生じなかった。 3)まとめ 甲状腺未分化癌の派生機序の一つとして、変異P53遺伝子の発現が重要と考えられているが、TSH受容体と野性型P53遺伝子の発現だけでは分化癌への形質転換には不十分と思われた。ラット甲状腺株化細胞FRTL-5との細胞融合によりヒトTgの発現が誘導できることから、TTFをはじめとする転写因子等が野性型P53やTSH-Rシグナルだけでは誘導できず、更に多くの因子の相互的作用が、甲状腺未分化/分化形質発現に必要であると考えられた。
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