1.ロマン派の芸術家における懐古趣味の異装は、歴史劇や歴史小説の流行と関わる。これについてデュマの戯曲『アンリ3世とその宮廷』の上演の影響を調査した。芸術家の異装を伝える文学作品・回想録の記述には「アンリ3世風」「サン・メグラン風」など戯曲の登場人物の名を冠した表現とともに、同王の治世に特徴的な衣服であるプールポワンの言葉が散見され、デュマの芝居の影響を思わせる。芝居は大成功をおさめたが、その大きな理由に歴史考証に基づく舞台衣裳の見事さがあった。衣裳を担当したデュポンシェルは、この後オペラ座のオペラやバレーを手掛けて、現実味があり、しかも幻想的な衣裳を創作し評判をとった。時代考証に努めることは、ロマン派演劇の演出法の特徴であり、ここには歴史上の服飾に対する関心がうかがわれる。異装の直接の起因がデュマの芝居にあり、服飾史に対する興味が異装を支えたことを明らかにした。 2.芸術家に異装を促した時代の風俗として、カーニヴァルの仮装について、その特色を考察した。1830年代に隆盛を極めたパリのカーニヴァルは、伝統的な仮面舞踏会よりも仮装に重心をおいた舞踏会であり、しかもマルディ・グラの最終日に限らず、カーニヴァルの期間を通して行われて、若者にとって冬の唯一の楽しみであった。仮装は当時のオペラ・コミックやヴォードヴィルの登場人物の扮装に取材されることも多く、ここにも舞台衣裳の大きな影響が認められた。 3.祝祭の期間に限ることなく、ロマン派芸術家は日頃から住まいで仮装談話会などを開いていた。そのような芸術家独自の生活空間と彼らの生活感情とを検討した。彼らは服装だけでなく、生活の全体において徹底して過去を模倣しており、ここには芸術空間の遊びに飽き足らず、実生活にまで想像の世界を持ち込むボエームの精神性を認めることができた。
|