ロマン派の若者の間で流行した懐古趣味の服装について、その発端と背景を回想録・新聞記事・文学作品・風俗版画等から調査し、この流行のロマン主義ににおける意義を考察し、次の知見を得た。 1.異装の起因が歴史物の芝居の流行にあることは既に指摘されているが、デュポンシェル制作の舞台衣裳で大成功したデュマ父の戯曲『アンリIII世とその宮廷』の上演が特に大きな影響を与えていること、つまり異装の背景には衣裳の時代考証を重んじるロマン派の新しい演劇思潮のあることが明らかになった。 2.異装の流行を促した時代の土壌として、カ-ニヴァルの仮装舞踏会の隆盛と、ボエ-ムの言葉で知られる芸術家の自由奔放な生活態度が指摘されているが、仮装服もヴォ-ドヴィルやオペラ・コミック等の登場人物の扮装に取材され、舞台衣裳の影響の大きいことが具体的に確められ、こうした芝居の世界を日常生活にたやすく取り込む独自の生活感情を芸術家がもっていたことが理解された。異装は生活の中で想像世界に遊ぶ行為であり、これがボエ-ムの生活空間の特質である。 3.舞台衣裳であれ仮装服であれ異装であれ、歴史服の知識は巨匠の絵画作品に求められ、従ってル-ヴル美術館や王立図書館版画室に通う画家が、いわば服飾史の専門家として舞台の衣裳係を務め、仮装服のデザイン書を著したこと、そして画学生の異装が過去の肖像画に取材されたことを明らかにした。一方、絵画は歴史小説の服飾描写にも影響を与えており、服飾をめぐって文学と美術と演劇が相互に密接に関わっていることから、服飾を含めた芸術の総合性をロマン主義の特質と見るべきであることを理解した。服飾の歴史に対する強い関心は、世紀後半に服飾史という学問に結実するから、懐古趣味の異装は服飾史学の成立に貢献したといえ、これはロマン主義の成果として位置づけられた。
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