本研究では、様々な年代の健常被験者を対象として、安静時心拍変動の他に、呼吸循環系作業能力の測定を行い、1)各種評価手法によって算出された評価値の各々の統計的性質を比較検討するとともに、2)総合的な体力の一指標としての副交感神経系活動の標準値を作成する可能性を探ることを目的とした。21〜76歳の健常男女178名が、5分以上の座位安静の後に、自転車エルゴメーターを用いて、各被験者の推定最大心拍数の75%に達するまでの漸増運動負荷試験(男性15W/分、女性10W/分)を行った。5分間の安静時心拍変動データから分散(SDrr)ならびに変動係数(CVrr)を算出し、FFT法、MEM法、CGSA法の3手法によって、スペクトル解析を行い、各々について低周波成分(LO)、高周波成分(HI)、および全パワー(T)から、HI/T比、LO/HI比を算出した(以後、FFT法のHI値の場合はHI[FFT]のように略記)。これらの3手法のうちMEM法による指標については、他の指標との相関が極めて低く、指標間の定量的な比較を行うことが困難であった。また、CGSA法では非フラクタル成分が全く残らない事例もあり、このような例では自律神経系活動指標を推定できなかった。さらに、HI[MEM]、HI/T比[MEM]、HI/T比[CGSA]については、加齢に伴う有意な低下は認められず、全ての被験者を包含して同一の基準で定量評価することが困難であることが示唆された。一方、SDrr、CVrr、LO[FFT]、HI[FFT]、LO[CGSA]については、男女ともに、加齢に伴う有意な低下が認められるとともに、性差がなく、推定最大酸素摂取量の影響は認められなかった。すなわち、これらの変量は、いわゆる呼吸循環系の体力とは独立の加齢に関係する指標であり、従来の経験的知見に従えば、副交感神経系活動を反映するものであるということができる。これらの結果に基づいて、年代別標準値が作成された。
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