アメリカ合衆国やイギリスをはじめ、高等教育機関への地理学の進出が遅れた国々では、どの国においても、初期段階で、先進国たるドイツとフランスの地理学思想が大きな影響力をおよぼしてきた。日本においても、大学で地理学教室が相次いで開設された1920年代と1930年代には、独仏地理学思想が熱心に研究され、その成果が翻訳・抄訳・紹介・翻案などのかたちで、単行本として、あるいは学術雑誌・教育雑誌上の論文として多数発表されている。しかし、これらの蓄積は、戦後期における英米地理学思想の圧倒的な影響力のもとで、現在では、その大半が地理学界共通の記憶から消え去ってしまったように思われる。本研究は、このような状況のなかで、日本における独仏地理学思想受容の実態を、公刊された印刷物や主要地理学教室における蔵書内容をはじめ、種々の資料に基づいて具体的に明らかにし、現在ようやく活性化しつつある戦前期日本の地理学思想研究に対して、新たな観点からの基礎資料提供を目指すものである。本年度の調査進行状況は以下の通りである。 1.対象として取り上げる独仏の地理学者について検討した。その際、特に重点的に検討する地理学者として、ドイツではラッツェル、フランスではビダル・ドゥ・ラ・ブラーシュを選定した。他に10名程度の地理学者を選定し、どのような形式で資料整理を実施するかを決定した。 2.まず試験的に、ラッツェルとビダル・ドゥ・ラ・ブラーシュについて調査結果をまとめつつある。そこでの問題点の検討を通じて他の地理学者に適用する資料整理の枠組を検討した。 3.原典の所蔵状況に関する調査は、まだ手をつけ始めた段階であるが、京都大学・東京大学・筑波大学など地理学教室の歴史が古い大学を中心に作業を進めつつある。
|