当初の本研究課題は、我々が同定したヒト・ε-グロビン遺伝子のサイレンサー・シス制御因子に焦点を当てグロビン遺伝子スウッチング機構について調べる事を目的とした。しかし実験をすすめるに従い、サイレンサー部位に限定せず、さらに領域を広げる必要性を感じ5′上流及び3′下流を含む7kbを実験対象とした。先ず我々は、遺伝子発現に重要な働きを行うとされているSIヌクレアーゼ高感受性部位(S1HS)の同定を行い5′上流域に2箇所のS1HSを特定した。塩基配列の特殊性より本領域では三重鎖あるいはSlippage DNA構造をとっていると考えられた。さらに特殊DNA構造の一つである折れ曲がりDNA構造に着眼しcircular permutation法にて検索したところ、全領域にわたり約680bp間隔という規則性をもち存在していた事からゲノム構築上の一つのシグナルとして存在するのではないかと推測した。平成6年度後半には、β鎖遺伝子群のうち最も後期に発現するβ-グロビン遺伝子領域の折れ曲がりDNA構造を検索し、折れ曲がり部位を同定した。ε-及びβ-グロビン遺伝子両遺伝子領域の比較によりDNA折れ曲がり部位は周期性をもって存する事が確認され、しかもその周期性は進化上保存されている事が示唆された。平成7年度はさらにそれらの知見に基づいて、他のβグロビン遺伝子群について解析を行った。約13.3kbにわたる(Gγ-Aγ-ψβ-δ)-グロビン遺伝子領域においても同様の周期性を持ってDNA折れ曲がり部位が存在し、殊にプロモタ-領域では折れ曲がり部位の規則性はヒトβ遺伝子群のみならずマウスβmaj-グロビン遺伝子でも一致した事からこれらの部位はβグロビンファミリーとして保存されている事が解った。しかしこの規則性にも一部に乱れがあり、進化上重複遺伝子であるGγとAγの連結部位及び第2イントロンには規則性が失われていた。この事から、ゲノムDNAの構築体系においては、ヌクレオソーム位相あるいはクロマチン折りたたみのシグナルとしてのDNA折れ曲がり部位は、ゲノムの転位や遺伝子発現といったランドマークよりも劣位にランクされていると思われた。
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