本研究は、ニューロン間の情報伝達の様式や方向を明らかにすることにより、作業記憶に関与する前頭連合野肉の神経回路網を明らかにすることを目的に実施した。手のリーチング運動を使った2種類の遅延反応(遅延リーチング課題、遅延連続リーチング課題)を学習した2頭のアカゲザルを使用した。ニューロン間の相互作用を検討するためには、このような課題で観察される前頭連合野のニューロン活動の分類とその機能的意味の検討が必要である。2頭のサルの前頭連合野から記録した243個のニューロン活動に関連のうち、課題した活動の見られた138個のニューロンについて解析をおこなった。このうち85個は目標位置として呈示した視覚刺激に応答し、72個は遅延期間中に持続的な活動を、108個はリーチング運動の遂行時に活動を示した。なかでも遅延期間中に生じる活動は、作業記憶の構成要素である情報の能動的な保持機構を反映すると考えられるので、これに注目して詳しく解析した。その結果、目標位置として呈示される視覚刺激がある位置に呈示されると遅延期間活動を生じるニューロン(位置依存性)、視覚刺激がある位置の組み合わせで呈示されると遅延期間活動を生じるニューロン(組み合わせ依存性)、呈示される位置には無関係に遅延期間活動を生じるニューロン(無選択性)などが見出された。また、位置依存性、組合わせ依存性を示すニューロンの多くが、刺激の呈示順序にも依存した活動を示した。このように前頭連合野の個々のニューロンには、比較的単純な情報を保持するものから、いくつかの情報が組み合わされた複雑な情報を保持するものまで、様々なものの存在が明らかになった。このうち、位置依存的で呈示順序にも依存する活動は、位値選択性のある遅延期間活動をもつニューロン間の相互抑制的な結合により形成されることが示唆された。今後、保持されている複雑な情報は単純な情報の組み合わせにより形成されるという仮説のもとに、観察されたこれらの活動パターンがニューロン間のどのような相互作用により可能なのかを、単純なモデルと相互相関解析を用いて検討する計画である。
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