ヒト以外の動物の発声はヒトの言語とは根本的に異なり、遺伝的に制御された、情動の不随意な発露であるという見方が未だ根強い。しかし最近のサルの行動学的研究は、サルの発声が一般に考えられているよりも高次の脳機能の発現であることを示唆しており、発声に対する大脳新皮質の関与が考えられる。本研究者はサルを訓練して自発的に(自発性発声)、あるいは聴覚刺激に応じて発声(聴覚始動性発声)させ、その際の大脳皮質フィールド電位を、大脳皮質表面と表面から2.0-3.0mm深部に埋め込んだ電極を用いて記録し、分析した。運動前野、運動野および体性感覚野において大脳皮質の表面-陰性、深部-陽性の電位が自発性発声に約1秒先行して記録されることが明らかになった。サルの運動意欲が高い時、あるいは報酬への関心が高い時に限り、前頭前野の主として弓状溝吻側壁(左大脳半球の弓状溝下行枝吻側壁を除く)と帯状回において表面-陰性、深部-陽性の動機依存性電位が運動前に記録された。右側の小脳半球を切除すると、左側の運動野顔面領野とBrocaの領野(ヒトの運動性言語野)相当の運動前野に出現する自発性発声の準備電位が消失し、発声に変化がみられた。これは小脳-視床-運動野投射の神経回路が発声の際に作動することを示唆する。一方聴覚始動性発声の場合には、左大脳半球の弓状溝下行枝吻側壁において表面-陰性、深部-陽性電位(刺激後約70ms潜時)が記録された。運動野および体性感覚野では、刺激後約300msの潜時で出現する表面-陰性、深部-陽性電位が記録された。刺激開始から発声開始までの反応時間はすでに報告した聴覚始動性の手の運動より長く、不規則であった。
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