本年度は、類人猿の相貌認知における上下反転効果を調べる一連の研究の端緒として、まず、実験装置等の実験環境の整備を行い、予備実験を行った。実験装置として、データ出力・画像ハードコピー用のページプリンタを含むパーソナルコンピュータシステム(本体、画像デジタイズボード、ビデオカメラ等は既設のものを利用)を構築し、ヒトの正面顔刺激と統制刺激として家の写真をそれぞれ約100枚デジタイズして実験用刺激を作成した。また、このシステムでの課題遂行のために必要なソフトウェアの開発を行った。 これらの周辺整備を完了した後、予備実験として、1頭のチンパンジーを被験体として写真刺激(鳥、虫、車など)を用いた同一見本合わせ課題をまず訓練した。この課題は、最初に呈示された写真(見本刺激)と同-の写真をそれに続いて呈示される選択肢の中から選択するというものである。この時、特定の方向(例えば正立)についての経験が増大しないように、写真は90度ステップで4種類が用意された。この訓練の後、第1実験として、顔写真及び家の写真を用いた同一見本合わせ訓練へと移行した。この実験では、顔写真のみを用いた課題と家の写真のみを用いた課題を1日ごとに交互に与えた。写真の方向は4種類であった。もし、顔という刺激がチンパンジーにとって他の複雑な視覚刺激(例えば家の写真)と違って特殊なものであり、正立方向での呈示が特に意味のあるものであるのならば、正立-正立の見本合わせが他の方向での見本合わせよりも成績が良くなるはずである。現在もこの実験は進行中であるが、上記のような仮説を示唆する結果が得られつつある。今後、この傾向をさらに確認していくとともに、方向の異なる写真間(例えば正立見本刺激に対して倒立刺激が選択肢として呈示される)の同一見本合わせ課題へと移行し、正立した顔の処理の特異性について検討していく予定である。これらの一連の実験が完了した時点で、学会等において研究成果を報告していきたい。
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