本研究の目的は、タンパク質の機能の多様化の過程を分子進化学的な立場から明らかにすることである。本研究者は、以前より、機能的に多様な進化をしてきたタンパク質の例として、セリン・プロテアーゼ、特に、血液凝固・線溶系に働くプロテアーゼとそのインヒビターであるセルピン類について、それらの機能の多様化に特に注目し、分子進化学的手法に基づいた解析を行なってきた。その結果、セリン・プロテアーゼにみられるようなモザイク構造をとるタンパク質においては、ドメイン構造は構造と機能の単位としてばかりでなく、進化の単位としても重要であり、進化の過程の中でダイナミックな動きを行なってきたことを示した。血液凝固・線溶系にみられるセリン・プロテアーゼのドメイン構造のうちの一つであるクリングル構造および機能の多様性の増加に寄与しているばかりでなく、セリン・プロテアーゼとは全く関係がないと考えられるレセプター様の膜タンパク質(ror)に存在することが知られている。分子進化学的な解析によると、rorにみられるクリングル構造は、セリン・プロテアーゼに見られるクリングル構造と起源が等しく、クリングル構造の出現以降早い段階で、セリン・プロテアーゼ遺伝子よりror遺伝子に移動し挿入されたと考えられる。これは、約5億年位以前に起きたと推定された。ror遺伝子は昆虫であるショウジョウバエにもみつかっており、このror遺伝子もまた、クリングル構造を持つ。昆虫の出現が、約5億年前とされることから、rorタンパク質にみられるクリングル構造の挿入は、昆虫の出現と前後して起こったと考えられる。一方、ror遺伝子の祖先遺伝子の出現は10数億年前と非常に古く推定される。このことからも、ドメイン構造の進化の過程におけるダイナミックな動きが、タンパク質の機能の多様化に重大な働きを果たしている可能性が示された。 これらの結果については、日本遺伝学会および日本分子生物学会において発表した。
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