本研究ではゴキブリのキノコ体ニューロンの活動と場所記憶の形成との関係を解析し、昆虫の脳における場所記憶形成の神経機構を解明することを目標とした。 1)私は以前、脳の微小破壊と場所学習行動実験によりゴキブリの脳のキノコ体が場所の記憶に関与していることを示唆したが、その結果の一部については実験が不十分ではないかとの批判があった。そこで、今回、行動実験の手順に更なる改良を加えて、その結果の再検討を行った。その結果、キノコ体が場所の記憶に関与することをより明確に示す証拠が得られた。 2)ワモンゴキブリのキノコ体に極めて細い(直径14mum)銅線電極を埋め込み、自由行動中のゴキブリのキノコ体のニューロンの活動を慢性記録した。記録終了後、電極から組織中に銅イオンを注入して電極近傍のニューロンを染め出し、どのタイプのニューロンからの記録であるのかを推定した。キノコ体の入力部であるCalyxのニューロンのほとんどは感覚性であり、視覚、嗅覚、または機械覚刺激に反応した。一方、キノコ体の出力部であるLobeのニューロンの活動はゴキブリの運動と密接な関係があった。Lobe-pedunculus接合部と呼ばれる領域には、歩行の開始や、方向転換の開始に先行して発火するニューロン群が多数あった。これらのニューロンは目標地への定位運動の組み立てに関与する可能性がある。これらのニューロンの活動が場所学習訓練の前後で変化するのかを調べたが、現在までのところは明確な変化は見い出せなかった。場所記憶に直接かかわるのはキノコ体の他の種類のニューロンかもしれない。今後さらに検討を深めたい。 3)キノコ体ニューロンの出力ニューロンからの細胞内記録・染色にわずか数例ではあるが成功し、現在、繰り返し感覚刺激を与えた時の応答特性の変化を解析中である。
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