筆者は、平成4年度に中国西南部の海外学術調査に加わり、この地域のホウビシダ類を野外で詳しく調べる機会を得た。その結果4新種を含む7種のホウビシダ類がこの地域で確認された。細胞学的研究もあわせて現地で行なったところ、以下のような興味深い事実が見つかった。(1)日本に分布するホウビシダ類のうちホウビシダ、タイワンホウビシダとウスバクジャクの3種は3倍体無配生殖型しか見つかっていなかった。ところが、これらの2倍体有性生殖型が中国西南部で見出された。これらは、日本産無配生殖型の母種である可能性がある。(2)ホウビシダ類の属するチャセンシダ科では、染色体の基本数は、一般的にX=36である。ホウビシダ類だけは、例外的にX=39である。中国西南部のホウビシダ類も一種を除いてX=39に基づくと考えられる染色体数をもっていたが、ラハオシダモドキ(新種、仮称)だけは、n=36の2倍体有性生殖種であることがわかった。チャセンシダ科で広く見られるx=36を原始的状態と考えると、ラハオシダモドキは、原始的ホウビシダということになる。本研究では、分子系統学的解析(rbcLの塩基配列の比較)をこの中国西南部産7種、日本産および東南アジア産ホウビシダ5種、さらに外群としてコタニワタリに適用して、仮説(1)、(2)をテストすることが本研究のねらいとするところである。 実際に、rbcLの塩基配列を決定し分子系統樹を作製したところ、まず中国で見出された有性生殖型のホウビシダ、タイワンホウビシダとウスバクジャクは、それぞれに対応する日本産無配生殖型とごく近縁であることが示された。したがって仮説(1)は、今回の分子系統学的解析によって支持された。一方(2)については、ラハオシダモドキはミドリラハオシダと近縁であることが示された。したがってラハオシダモドキは、ホウビシダ類の多様化の初期に分化した原始的な種ではなく最近分化したものであり、仮説(2)は否定された。
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