哺乳動物の受精時には一過性かつ反復性の卵細胞内カルシウムイオン(Ca^<2+>)濃度([Ca^<2+>]_i)の上昇がみられ、受精直後の[Ca^<2+>]_iの上昇が多精子拒否および細胞周期進行の引き金として重要である。この細胞内Ca^<2+>遊離機構は細胞内のセカンドメッセンジャーの一つであるイノシトール三リン酸(InsP_3)の受容体を介する反応であること、このInsP_3に対する受容体の反応性が卵細胞の成熟過程において形成されることを既に明らかにしてきた。卵細胞の成熟に関する研究から、卵胞から分離したハムスターの未受精卵で細胞内Ca^<2+>増加が自発的に繰り返し起こっていることを見いだした。更に、この自発的[Ca^<2+>]_iの上昇は卵核胞の崩壊とともに消失することも明らかとした。哺乳動物の卵成熟抑制因子(卵成熟を核の形態学的変化を指標とした時の卵成熟抑制因子)としてcAMPが知られているが、膜透過性cAMP;dbcAMP処置、または、cAMPの分解酵素であるホスホジエステラーゼの阻害剤; イソブチルメチルキサンチン処理により細胞内cAMP濃度を上昇させ、卵成熟を抑制した状態下で、自発性の[Ca^<2+>]_iの上昇を観察したがcAMPによる[Ca^<2+>]_iの上昇に対する抑制効果は認められなかった。逆に、dbcAMPまたは、膜透過性ではないcAMPを細胞外液に投与すると一過性の[Ca^<2+>]_iの上昇を認めることがあり卵細胞膜上にアデノシン受容体の存在を示唆する結果が得られたが、機能的意義は明らかではない。細胞内cAMP濃度による卵成熟の調節と自発性[Ca^<2+>]_iの上昇との関連性は明らかにできなかった。また、予めマウスで作成したInsP_3の受容体抗体18A10の投与により、ハムスターの未受精卵での自発性の[Ca^<2+>]_iの上昇が抑制されることから、未受精卵で見られる繰り返し起こる自発性の[Ca^<2+>]_iはInsP_3の受容体を介する反応であることを示した。しかし、本研究では、未成熟卵から受精可能な成熟卵に至る卵成熟過程での細胞内Ca^<2+>の役割、卵成熟を促す物質の同定には至っていない。
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